Works

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近代椅子デザインの源流

一脚の椅子は、デザイナーの発想から突如誕生するものではなく、それまでに作られ、使われていた椅子から何らかの影響を受けています。その影響が外観に表われることはもちろんのこと、その椅子に用いられた素材や技術、コンセプトとして内在することもあります。
 椅子のデザイン史は、それまでの椅子を踏襲しながら新たなデザインを構築する「リ・デザインの歴史」であり、現在名作と評されている椅子群のルーツを辿っていくと、その多くが近代以前の椅子に行きつきます。15世紀後半〜17世紀にかけて中国で製作された明式家具の《圏椅》、17世紀後半より英国で製作され始めたウィンザーチェアの《コムバック》等、18〜19世紀に米国でシェーカー教徒が製作したシェーカーチェアの《ストレートチェア》。近代椅子デザインの展開の源流にあたるこれらの椅子から、色濃く影響を受けたハンス・ウェグナー (1914-2007)による《チャイニーズチェア(No.4283)》、ボーエ・モーエンセン(1914-1972)《シェーカーチェア(J39)》、ジョージ・ナカシマ(1905-1990)《コノイドチェア》等をご紹介します。

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トーネットとデザイン運動

ドイツ出身の家具デザイナー、ミヒャエル・トーネット(1796-1871)が開発した「曲木」の技術は、木の組成と強さを損なわずに効率よく曲線や曲面を作り出せる点で画期的でした。彼とその親族によって立ち上げられたゲブルーダー・トーネット社からは、その代表的な《カフェチェア(No.14)》をはじめ、《トーネットロッキングチェア(No.825)》《ウィーンチェア(No.209)》など、技術・生産方式において産業革命を象徴する数々の製品が生み出されました。
 さらに産業革命によって機械化・工業化が一気に進んだ19世紀末から20世紀前半の欧州では、変革する社会に警鐘を鳴らし、あるいは急激に変わりゆく社会に適応するようなデザインを模索し、「アーツ&クラフト運動」「アール・ヌーヴォー」「アール・デコ」等様々な美術、デザインの運動が展開されました。
 オランダの造形運動「デ・スティル」の参加者ヘリット・トーマス・リートフェルト(1888-1964)による《レッド アンド ブルー(No.635)》、スコットランドにおけるアール・ヌーヴォーの提唱者チャールズ・レニー・マッキントッシュ(1868-1928)による《ヒルハウス1( No.292)》、ウィーン分離派のヨーゼフ・ホフマン(1870-1956)による《ジッツマシーネ》など、各国のデザイン運動の過程でそれぞれの思想を色濃く映した椅子を辿ります。

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国際様式と家具デザイン

1930年代から40年代にかけ建築の領域では、装飾や歴史性を廃し万国共通の様式や工法を是とする「国際様式」が勃興します。当時は建築家自身が建物内のインテリアも全面的に担うケースが多く、空間を総合的に作り上げる手法が主流でした。ル・コルビュジエ(1887-1965)による《グランコンフォール(LC2)》は、最小の構成で最大の快適性を実現することを目的としてデザインされ、アルヴァ・アアルト(1898-1976)による《パイミオ( No.41-83s)》は、フィンランドのパイミオにあるサナトリウムの設計コンペを勝ちとった際に、その建築とともにデザインされた椅子です。
 また、建築において国際様式が隆盛した背景には、1919年にドイツに設立された総合的造形教育学校「バウハウス」による、近代工業と芸術の統合をめざした実験的指導の影響も多大にありました。 ミース・ファンデル・ローエ(1886-1969)による《MR10(No.533L)》《バルセロナチェア(No.250)》、マルセル・ブロイヤー(1902-1981)による《ワシリーチェア(No.B3)》《チェスカ(No.B64)》など、バウハウスで教鞭をとった建築家、デザイナー達によるモダンデザインの源流をご覧ください。

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ミッドセンチュリーと大衆消費社会

20世紀中頃のアメリカでは、第二次世界大戦を契機に開発・発展した新技術や新素材を取り入れ、次々と新しいデザインの家具が世に送り出されました。FRP(繊維強化プラスチック)やプライウッド(成形合板)、アルミニウムなどの新素材は、それまでは成形が難しかった曲面やポップな色彩表現を可能にしたのです。
 ジョージ・ネルソン(1908-1986)による《ココナッツチェア》や、エーロ・サーリネン(1910-1961)による《ペデスタルチェア/チューリップアームチェア(No.150)》は曲線の美しさが目を惹きつけます。 チャールズ・イームズ(1907-1978)による《DSS》は、FRPを用い量産された世界最初の椅子です。これらのデザインは、二つの大戦を経て充実一途にあったアメリカの大衆消費社会の象徴的存在となります。新技術と秀でた才能と豊かな市場が整うことで実現したミッドセンチュリーの世界をご堪能ください。

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スカンジナビアンモダン:手仕事と機能性の共存

ミッドセンチュリーは、20世紀中頃のアメリカで花開いたデザインですが、同じ頃、北欧諸国ではこれらの流れを意識し、関わりながらも独自のデザインが産み出されました。豊かな自然素材とそれらを活かす丁寧かつ習熟した手仕事を重んじる姿勢から産み出される北欧の製品は、シンプルでありながらも温かみをもたらします。これに加え、北欧では古くよりその製品を使う人の視点、いわば機能性を重視する伝統もありました。
 アルネ・ヤコブセン(1902-1971)による《セブンチェア(No.3107)》、フィン・ユール(1912-1989)による《No.45( FJ45)》、そして北欧を代表する家具デザイナーのハンス・ウェグナーによる《Yチェア(CH24)》は日本でも特に人気が高い製品です。これらデザイナーとクラフトマンシップにより産み出され、今なお世界中から支持されるスカンジナビアンモダンがもたらす色と光の温かみをご覧ください。

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イタリアンモダン

1950年代におけるイタリアは、第二次世界大戦後の復興の最中で住環境の整備が急務となり、国内の建築家達は住宅の設計のみならず、家具や食器、乗り物など日常生活で使うあらゆる製品のデザインに広く携わっていました。幅広い分野に関わり多角的な視点が求められたことが、ユニークなプロダクトデザインを数多く産み出すことへと繋がっていきました。
 イタリアにはアメリカにおける強い経済力や、北欧における豊かな自然素材がもたらす風土の代わりに、自由な発想を受け容れる気風と独特な発想を具現化できるメーカー、職人、デザイナーの三者による密接な関係性がありました。時に機能性が後回しになることがあったとしても、イタリアの自由闊達なアイデアを最優先した製品は多くの人を魅了し、今日もなお注目され続けています。トラクターの座席を転用して作られた挑戦的なスツール《メッツァドロ》、世界初の量産型エアクッション椅子《ブロウ》、ビーズソファの元祖ともなる《サッコ》、プラスチックで一体成型され鮮やかな色彩が美しい《セレーネ》など、イタリアの快活なエネルギーに満ちた個性あふれる椅子をご覧ください。

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ポストモダンと倉俣史朗

1960年代後半から建築をはじめ文学や芸術、哲学など様々な分野において、19世紀以降に構築された〈単一性〉〈普遍性〉を重んじる価値観に対して、〈多様性〉〈歴史性〉を主張する批判的な態度が大きなうねりを見せます。これに呼応するようにデザイン界においても、前衛的なデザイングループ「スタジオ・アルキミア」やエットレ・ソットサス主催の「メンフィス」が登場し、1980年代は一大旋風を巻き起こします。椅子においても、座るための機能性よりもコンセプト重視の現代アート的要素を含んだ椅子が数多く産み出されました。「メンフィス」に参加していた日本人デザイナー、倉俣史朗(1934-1991)と梅田正徳(1941-)による数々の独創的なデザインは世界的に評価が高く、日本におけるポストモダンを牽引した存在でした。
 梅田は《月苑》《花宴》《浄土》など、花をモチーフにした「花座シリーズ」をデザインしており、アメリカのデンバー美術館をはじめ国内外の美術館にもコレクションとして収集されています。  そして、アクリル樹脂の中に薔薇の花が舞い踊る、透明感と浮遊感に満ちた倉俣の代表作であり、デザイン史に残る傑作《Miss Blanche》をはじめ《硝子の椅子》《ヨセフ・ホフマンへのオマージュvol.2》《ハウ・ハイ・ザ・ムーン》を中心に、交流のあった同時代に活躍したデザイナーによる仕事も一堂に会して、倉俣の足跡を紹介します。

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日本の椅子※前期のみ展示

古来より床座の習慣があった日本では、欧米に比べ椅子を利用してきた歴史は長くありません。明治期に欧米の生活様式がもたらされたものの、庶民の住空間に椅子が浸透するのは第二次世界大戦後のことです。
 1950年代、我が国では国民生活の立て直しと住宅不足を解消するため、短期間で大量供給が可能となる住宅建築の標準設計「DK型住宅」が普及し、生活環境も徐々に洋風化が進行していきます。それでも、畳のある和室は国民の生活に強く根ざし、家具のデザインにおいても日本独特の生活様式に適応したものが開発されてきました。例えば《形而工房アームチェア》や城所右文次(1910-1945)の《バンブーチェア》、長大作(1921-2014)による《低座椅子(No.5016T)》などには、畳を傷めないための配慮(畳摺(ず)り)が施されています。また豊口克平(1902-1991)、渡辺力(1911-2013)、剣持勇(1912-1971)、柳宗理(1915-2011)らデザイナーと、彼らのアイデアを具現化し製品化へと導いた各製造企業との協働も大きな功績をもたらしています。日本固有の風土がもつ素材と空間を現代の生活様式に合わせたデザイン、それらを職人達の技術によって象られた製品は「ジャパンモダン」として半世紀以上経った今日の生活においてなお安らぎを与えてくれる逸品揃いです。

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フォールディングとロッキング

「腰掛ける」という基本条件に「折り畳むことができる」という要素が加わったフォールディングチェアは、いわば複合機能を有する製品です。椅子として使用する際のフォルムや強度は当然のことながら、折り畳まれた際の形状、運び易さ、さらには折り畳み機構も問われるため、より厳しい要件が求められます。
 デンマークには、王立美術アカデミー家具科の歴代教授が手掛けた「デンマークの三大折り畳み椅子」と呼ばれる椅子があります。プロペラのように捻れた脚がX型に組まれる構造を3代にわたりリ・デザインし、進化を遂げてきたものです。
 一方、日本では川上元美(1940-)による名品《BLITZ》が、1977年のアメリカ建築家協会主催の国際チェアコンペティションで一席を受賞しました。新居猛(1920-2007)による《ニーチェアX》は、ニューヨーク近代美術館の永久コレクションへ加えられた秀作ですが、フレームとキャンバス地のシートによるシンプルな構造で安価に製造できるため、海外で模造品が多発してしまった最初の日本製の椅子でもあります。
 同様にロッキングチェアも複合機能を有する椅子であり、座っている時にはリラックスできる安心感が求められるのに対し、座っていない時には美しいバランスが保たれていなければなりません。そこに課せられるハードな条件と、それらをクリアした優れたデザインを体感いただきます。

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みんなの椅子※後期のみ展示

椅子の展覧会では、デザイナーのみが深く取り上げられがちですが、本来一脚の椅子の背景には、デザイナーはもちろんのこと、開発、製造、営業、広報、販売、流通等、様々な役割を果たすスタッフが存在します。最終章では本学卒業生および、教員をはじめとする本学関係者が国内家具メーカーにて製造に携わっている椅子をご紹介します。
 五十嵐久枝(1964-)デザイン・秋田木工製造の《As You Are》は、その名前のとおり、ウォールナットの木目を全面にだして木そのものの魅力を優しく伝えます。天童木工からは熊野亘(1980-)の《PLYPLY》、松橋孝之(1985-)の《bambi F-3249》が並びます。《PLYPLY》は、座面と一体になった背もたれから、荷重を支える脚までが成形合板で仕立てられており、天童木工による技術の高さを惜しみなく発揮した製品です。  
 ものづくりに携わる人々の思いが結集した成果が製品となり、生活の中の空間と安らぎを支える一役者となっていく存在であることを、本展の椅子達を通して感じてもらえると幸いです。